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神戸地方裁判所姫路支部 昭和24年(ワ)38号 判決 1949年12月21日

原告

全日本機器労働組合日本電気製鋼分会

右代表者

委員長

被告

株式会社 日本電気製鋼所

主文

本件の訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金四十五万円並に昭和二十四年十二月及び昭和二十五年一月の各末日に金二万五千円づつを支払え。訴訟費用は被告の負担とする。という趣旨の判決並に仮執行の宣言を求めた。

事実

原告は被告の従業員によつて組織する労働組合であるが昭和二十三年七月末頃から被告との間で労働争議状態に入り原告の組合員は同年八月以降の労働賃金の満足な支払を受けないでいたところその後兵庫県地方労働委員会のあつ旋によつて昭和二十四年三月一日原告と被告との間において被告は原告に対し原告の組合員の退職金、旅費(帰郷仕度金)予告手当金等として金五十万円をその内金二十五万円は同年三月二十日限り残金二十五万円は同年四月から毎月末日限り金二万五千円づつ分割してそれぞれ支払うこととし原告は第一回の支払を受けると同時にその組合員の全員の退職を承認するということを骨子とする仮協定を結び原被告共各代表者がその仮協定書に調印をした。そして仮協定に際しては昭和二十四年三月八日に本協定書の調印をすることと定めながら被告において仮協定書の趣旨はこれを尊重するが金融の見込がなくて実際上右仮協定上の履行をすることができないないということを理由にその調印を拒否したため右本協定書の調印をすることはできなかつたがそもそも右の協定を仮協定としてその仮協定としてその仮協定書に調印をしたのは原告としては労働争議における協定に関する従来の慣例に随い念のために原告の組合総会の議に諮つてその承認を得る必要があつたからであつて右仮協定の性質及び効力は本協定のそれと少しも異なるものでない。ところが被告は右の各弁済期が到来してもその支払をしないから原告は被告に対し既に弁済額の到来した昭和二十四年十一月分までの合計金四十五万円の支払を求めなお弁済期の到来しない分については被告は既に弁済期の到来した分の支払をしない点からみて将来弁済期にその履行をしない危険があつて予めその請求をする必要があるから各その支払を求めるため本訴請求に及んだのであると陳述し被告の本案前の主張に対し原告が法人でない社団であることはこれを認めるがその余の事実はこれを認めないと述べ原告の組合員は本件の仮協定に基く退職金等の第一回の支払を受けるまでは退職しないのであるから未だにその支払を受けない以上現在もなお被告の従業員となつているのである。また被告が主張するように仮に原告が本件の債権を取得することができないとしてもその債権は原告の組合員各自に帰属し原告はその組織体としての立場上右の債権について所謂管理権を有するのであるから正当な当事者としての要件に欠けるところはないと附け加えて述べ立証として甲第一号乃至三号証を差し出し証人、原田脩一、岡村丹二、田中武夫の各訊問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は本案前の主張として

(一)  原告は当事者能功を有しない。すなわち原告は法人でないが法人でない労働組合が当事者能力を有するには労働組合法及び当該組合の規約に規定する要件を完全に充足した組織を有する社団でなければならない。ところで原告の規約によると同組合は被告の従業員をもつて組織する会員であることを前提要件とするとされているが被告には現在一人の従業員もなく従つて原告はその構成員を欠き社団としての実体を具えない労働組合であつて当然に消滅しているのであるから当事者能力を有しないものであり当事者能力を有しない原告が提起した本件の訴は不適法としてこれを却下すべきである。

(二)  仮に原告は当事者能力を有するとしても本件については正当な当事者としての要件を具えていない。すなわち原告は法人でないため権利能力を有しないのであるから労働組合としてはその代表者等によつて組合員のために使用者である被告と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権限を有するに止まり原告自身本件の具体的債権を取得することはできない。従つて原告は自己の名において本件の訴訟を送行する権能を有しないのであるから本件の訴は不適法としてこれを却下すべきであると陳述し本案について原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするという趣旨の判決を求め。

答弁として原告の主張事実のうち原告は被告の従業員によつて組織する労働組合であること原告主張の日時からその主張のように労働争議状態に入り原告の主張するように賃金の支払を受けないでいたこと兵庫県地方労働委員会のあつ旋によつて原告主張の日時にその主張のような趣旨の仮協定(退職を承認する時期の点を除く)を結びその仮協定書に調印をしたこと仮協定の際昭和二十四年三月八日に本協定書の調印をすることと定めながらその日に右の調印をすることができなかつたことはいづれもこれを認めるがその余はこれを認めないと陳述し原告の組合員の退職は退職金等の第一回の支払とは関係なく単純にこれを承認するという趣旨である。また本協定書の調印をすることができなかつたのは被告の代表者はその調印をする日までに仮協定書事項の履行の可能性を確めるため被告の取締役会及び株主総会に仮協定の趣旨を説明してその了解を求めると同時に金融に奔走して仮協定の趣旨に副うような本協定書の作成に努力することを約したのであるがその努力が報いられなかつたため右本協定書の調印をすることができなかつたのであるから本件の仮協定は仮協定書の調印のみでは何等の効力をも生じないと附け加えて述べた。(立証省略)

理由

被告は本案前の主張として

(一)  原告は当事者能力を有しないから本件の訴は不適法としてこれを却下すべきであると主張するのでこの点を職権で調査してみるに本件記録に綴つてある昭和二十四年三月二十六日附第一三三号兵庫県知事作成名義の証明書の記載とその成立について当事者間に争いのない甲第一号証の記載と本件口頭弁論の全趣旨とを考え合わせると原告は少くも昭和二十三年七月以前から存在し現に被告の従業員をもつて組織され組合の代表者を石井完と定めその組合の主たる事務所を兵庫県揖保郡斑鳩町鵤二百七十七番地に置く労働組合として存続する社団であることを認めることができる。そして原告が法人でないことはこの点について当事者間に争いのないことから推してこれを認めることができるし右に認定したような組織体をもつ社団としてその代表者の定めがあるから原告は所謂形式的当事者能力を有することが明かである。従つて本件の訴は適法であると云わなければならない。

(二)  被告は仮に原告が所謂形式的当事者能力を有するとしても原告は本訴について正当な当事者としての要件を与えていないから本件の訴は不適法としてこれを却下すべきであると主張するのでこの点を職権で調査してみるに原告の本件主張事実と前記甲第一号証の記載とによると原告がその給付を求める債権は被告から支払を受けるべき原告の組合員の退職金、旅費(帰郷仕度金)予告手当金等であることが明かである。そこでこの種の債権は果して原告自身に帰属するものと解してよいかどうかについて考えてみるに原告が労働組合としてその代表者等によつて労働組合または組合員のために使用者である被告と労働協約を締結しその他組合員の退職金の支給等の事項に関して交渉する権限を有することは労働組合法の規定の趣旨に徹して明かであるがその交渉の結果使用者との間の労働契約によつて生じた前記のような各組合員の退職金等の支払を被告から受けるべき債権はその性質上原告の組合員各自にそれぞれ帰属するのであつて原告自身はその債権の帰属主体となることはできないものと云わなければならない、そこでかように実質的な帰属主体でない原告が本訴について正当な当事者として訴訟を追行する権能を有するかどうかについて考えてみるにおよそ或る財産権の実質的帰属主体でない第三者がそれに代つて訴訟を追行する権能を有するがためには法律上その財産権の帰属主体からその管理処分の権能が奪われて第三者に与えられた場合または特殊な請求に関して法律上第三者がその職務に基いて当事者としての権限を与えられた場合等すべて法律の規定に準拠することを要し単に当事者間の任意的な訴訟信託によつては第三者について右の訴訟追行の権能を認めることはできないものと解するべきであるが本件の請求について原告のその各組合員に対する関係は右の場合の何れにも属しないし、労働法規の上からみてもかような関係の存在を窺い知るに足りる規定がないから原告は本件について正当な当事者として訴訟を追行する権能を有するものと云うことはできない。されば本件の訴は原告において正当な当事者に関する要件を欠くのであるから他の争点についてその当否を判断するまでもなく不適法としてこれを却下しなければならない。

以上のような理由により訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決した次第である。

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